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| 006サイドエアバッグ |
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| サイドエアバッグとは、自動車の衝突時に ドアと乗員の隙間に空気袋が膨らみ、 側面からの衝撃を緩和させる、装置です。 エアバッグの発明は1963年に遡る。特許申請事務代行業のGIC(グッドアイデアセンター)を経営していた小堀保三郎が、飛行機事故などで、衝撃を緩和させ、生存率を改善させる装置として考案した。後に世紀の大発明となったエアバッグではあるが、当時としては余りに奇抜な発想だったため、発表の場では、日本人の関係者からは失笑を買い、相手にされることはなかった。また、エアバッグが、火薬の使用が当時の日本の消防法に抵触してしまうことから、日本でエアバッグが開発されることはなかった。一方、欧米の企業では、エアバッグの研究、開発が進められ、それにあわせて法規も整えられていった。開発が進むにつれ、その有用性が認められ、1970年頃からは日本でも本格的な開発が始まった。現在、エアバッグは、世界中の自動車で、ほぼ標準装備となっているが、小堀が特許を有していた間は、実用化されていなかったため、特許による収入がなく、研究費などで借金を抱えていた。なお小堀はエアバッグの世界的な普及を知る事なく、1975年8月30日、生活苦から夫婦でガス心中を遂げている[1]。 エアバッグが最初に実用化されたのは、1970年代中盤のアメリカにおいてである。当時のアメリカにおいては車に対するロマンが無くなるという理由で、シートベルトの着用を法律で義務付けることに対して世論などから反発があった。そのため、シートベルトをしないでも死なないシステムを作るということがメーカーに課せられた課題となった。1971年、フォード社が顧客の車両にエアバッグを取り付け、モニター調査を行った。1973年にはゼネラル・モーターズ(GM)が、キャデラック、ビュイックなど数車種の量産車での装備を可能とした(ただし、エアバッグの誤作動による事故が発生したため1977年に生産中止している)。 1980年にはメルセデスベンツが、高級乗用車Sクラスにオプションとして装備した。初期のエアバッグは、一部の限られた高級車にオプション装備として搭載されるのみであったが、次第に乗用車のほとんどでオプションとして搭載されたり、上級モデルには標準装備されたりするようになった。一時期、エアバッグ発明前の古い車でも装備できるよう、後付の機械式エアバッグ(レトロフィット エアバッグ)を製造・販売した会社もあったが、あまり売れず、現在は入手不可能となっている。 日本車初のエアバッグ搭載車は、1987年にホンダが発売したレジェンドである。日本車では1990年代中盤から急速に普及した。 2009年現在では一部の安価な車種を除き、日米欧の大手自動車メーカーのほぼ全ての車種に標準装備されている(運転席・助手席。それ以外は、現在もオプション装着のものが多い)。 唯一、ボルボでは、車の購入時に助手席エアバッグを装備しない選択もできる。また、車の購入後でも助手席エアバッグを作動しない状態にするサービスがある。これは、助手席に小さな子供を乗せて走るユーザーへの配慮である。 また、運転席・助手席の座席サイド部分に内蔵されているサイドエアバッグ、ルーフライニングのサイド部分に内蔵されているカーテンエアバッグ、インパネ下部に内蔵されている下股部を保護するニーエアバッグも搭載されるようになった。その後、乗用車はもちろん、軽自動車、貨物自動車、バスにも搭載されている。しかし、欧州メーカーと比較すると多くの国内メーカーはサイド・カーテンエアバッグの標準搭載が遅れており、廉価グレードではオプションですら選択できないことも多い。そればかりか、マイナーチェンジを機にオプション設定からはずされてしまった車種も存在する。軽自動車では現在においてもサイド・カーテンエアバッグの設定がない車種が多い。 昨今に発表されている新型車のインパネには、助手席エアバッグの蓋の部分が盛り上がっていない車種が多い。その理由として、質感の向上やドライバーの視線の妨げにならないようにすることを目的としている。部品モジュール化やCAD技術の発達、ドイツ製レーザーカット機の導入によるところが大きい。 尚、一部の機械式エアバッグ内蔵ステアリングホイール(例:T210系カリーナ初期型)の場合、クラクションのボタンの位置がそのセンターではなく、スポーク部に付いている場合が存在するので、注意を要する。 |
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